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沿革
康平年中(1060年頃)、伊勢の国の阿耶訶(あざか、現在の松阪市に地名が残る)より猿田毘古命の御分霊を迎え奉り、『道祖神社』として創建されました。
寛治3年(1089年)、前九年後三年の役にて武功のあった平忠通公が亡くなられると、その霊を当社に合祀し『御霊宮』と改称。
その後明治22年に『阿邪訶根神社』と改称され現在に至ります。
御祭神
猿田毘古命
当神社の主祭神として祀られる猿田毘古命は、日本神話に描かれる天孫降臨の際、中つ国に降臨する天津神の一団を先導したと伝わります。
転じて教導の神・道開きの神として崇敬を集め、交通安全や安産祈願、事始における御祈願に訪れる方が後を絶ちません。
猿田毘古命
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ご祭神
平忠通公霊
平忠通公は平安時代中期の武将で、平良文の子孫として、またのちの三浦氏・鎌倉氏の祖として伝えられます。清和源氏の棟梁・源頼光に仕え、次いでその実弟である頼信にも仕えたとされます。
今に伝わる逸話はわずかながら『今昔物語』には弓の名手として記されており、その武勇が伺えます。
忠通神社の碑
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宇迦之御魂命
宇迦之御魂命は「お稲荷さん」として全国で信仰されている穀物の神です。
特に稲倉に深く関係すると考えられており、古来より農業神として、現代では広く産業を司る神として知られています。
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